中東やインドに学ぶ猛暑対策──日本の夏に活かせる暑さ対策の知恵

暮らし

日本の夏は高温多湿で、気温35℃を超える日も珍しくありません。熱中症による救急搬送や死亡例は毎年のように報じられ、対策は喫緊のテーマです。一方、世界には40〜50℃の極端な高温環境で日常生活を営む地域があり、中東やインド、北アフリカ、デスバレーなどでは、長い歴史の中で培われた知恵と現代の仕組みが組み合わされています。本稿では、それらの実例をエビデンスとともに紹介し、日本の「高温多湿」条件に合わせてどう応用できるのかを考えます。


はじめに──「暑さに強い文化」の背後にある理屈

暑熱環境下では、人体は主に「汗の蒸発」によって熱を逃がします。ところが湿度が高いと汗が蒸発しにくく、放熱効率は大きく低下します。つまり、同じ気温でも乾燥地帯と日本のような多湿環境では危険度が変わります。暑さに強いとされる地域では、建築・衣服・生活リズム・社会制度・飲食までが体系的に「熱をためない・逃す」方向に設計されています。


中東の猛暑対策──建築・社会制度・衣服と飲料

厚い壁・中庭・風の塔(Windcatcher)という建築の知恵

イランやアラブ地域では、厚い土壁や日干しレンガ、高い天井、中庭、そして風の塔と呼ばれる自然換気装置を組み合わせた住宅が伝統的に発達してきました。風の塔は風上と風下の圧力差で室内に風を引き込み、中庭は日陰と通風路を作ります。厚い壁は熱容量が大きく、昼の熱を遅らせて夜に放出するため、日中の室内温度上昇を抑えます。

エビデンス:Bahadori(1985)は風の塔が自然換気と蒸発冷却で室温を外気より数℃低く維持できる設計原理を提示。Rajabi & Heidari(2018)は中庭が日陰+通風として建物全体の熱負荷を下げることを数値解析で示しました。

日本への応用:湿度が高い日本では蒸発冷却の効率が落ちるため、外付けブラインド・簾・庇による日射遮蔽、早朝・夜間の涼しい時間に換気、日中の遮熱+除湿(エアコンのドライ)を組み合わせるのが現実的です。

昼間の屋外労働を禁じる「制度による防御」

サウジアラビアやUAEなどでは、夏季の正午〜午後の屋外労働を法律で制限する、いわゆる「サマーブレイク」が実施されています。気候条件に合わせて就労時間を制度的に変えるという発想は、熱関連疾患の抑制に直結します。

エビデンス:ILO(2019)は湾岸諸国の夏季労働規制により、労働者の熱中症関連指標が有意に改善したと報告しています。

日本への応用:法的な一律規制は難しくとも、WBGT(暑さ指数)に応じて学校・職場・イベントで明確な活動制限基準を設け、中止・延期をためらわない運用が要です。

現に2025年から夏の甲子園では、気温のピークの時間帯の試合を避けてナイター時間の試合が行われるようになりました。

衣服と飲料の最適化

中東では白やベージュのゆったりした長衣、ターバンや頭布が一般的です。明るい色は日射を反射し、ゆとりある形状が通気性を高めます。飲料はレモン塩水やヨーグルト飲料(ラバン)が日常的で、発汗で失われた水と電解質を補います。

エビデンス:McGregor ら(2015)は、白系・ゆったり衣服が黒いTシャツに比べ平均皮膚温を2〜3℃低く保てることを示しました。

日本への応用:明るい色・通気性・ゆったりを優先し、経口補水液・塩分タブレット・梅干し水・ヨーグルト飲料で電解質補給を図りましょう。


インドの猛暑対策──スパイス・ラッシー・シエスタ・素焼き容器

スパイスで発汗を促し、ラッシーで電解質を補う

インドの辛い料理は一過性に体温を上げるものの、その後の発汗量増加で放熱が進みます。ラッシーは水分・電解質・乳酸菌を摂れる機能的な飲料で、暑熱下の消化・水分保持を助けます。

エビデンス:Bell ら(2018)はカプサイシン摂取で発汗反応が促進され体温調節が向上する可能性を示唆。Sharma & Singh(2014)はラッシーが暑熱環境での水分・電解質供給に役立つと報告しています。

日本への応用:夏にカレーなどで汗をかき、送風(扇風機・サーキュレーター)で蒸発を促進。乳酸菌飲料塩分のある飲み物でこまめに補給を。

真昼の活動を避けるシエスタ的リズム

インドや地中海圏では、最も暑い時間帯の活動を避ける昼寝文化が根付いています。体温上昇を抑え、心血管への負担を減らす生活設計です。

エビデンス:Matalas(2001)はシエスタが暑熱下での心血管リスク低減に寄与する可能性を指摘。

日本への応用:在宅勤務や学校でも午後の20〜30分の短い昼寝を制度的に認めるだけで、熱ストレスと集中力低下の緩和が期待できます。

素焼き容器(クレイポット)による自然冷却

素焼きの容器は微細な気孔から水が蒸発し、その気化熱で内部の水を冷却します。電力不要で、停電時の備えとしても有用です。

エビデンス:Singh ら(2010)は蒸発冷却で外気より4〜8℃低い水温を得られる可能性を報告。

日本への応用:高湿度では効きにくいため、送風併用で効果を補強。屋外イベントやベランダ等の局所的冷却にも使えます。


北アフリカとデスバレー──「伝統建築」と「空調依存」

サハラのオアシス都市では、厚壁と中庭を組み合わせた住宅が典型です。外気が40℃を超えても、住宅内部は30℃前後で維持される事例が記録されています。一方、デスバレーのような地域では、屋外活動は厳しく制限され、生活は車と屋内空調への依存が前提です。これは、自然の工夫だけでは凌げない温度帯が現実に存在することを示します。

エビデンス:Fathy(1986)はエジプトの厚壁・中庭住宅の室内熱環境を詳細に記録。US National Park Service(2015)はデスバレーでの生活と観光が空調必須であることを公式に示しています。


日本の夏にどう活かすか──「高温多湿」前提の実装

  • 外で熱を止める:外付けブラインド・簾・庇で直射と輻射を遮断(内側のカーテンより効果的)。
  • 換気のタイミング:夜明け前〜朝など涼しい時間に換気、日中は窓を閉めて遮熱+除湿
  • 蒸発を助ける:扇風機・サーキュレーターで汗の蒸発を促進(扇風機単独は高湿度では効きが鈍るため除湿併用)。
  • 衣服と持ち物:明るい色・ゆったり・通気性重視。帽子・日傘で直射を回避。
  • 水分・電解質:喉が渇く前に少量頻回で。経口補水液・塩分タブレット・梅干し水・乳酸菌飲料を上手に使う。
  • 時間設計・制度:WBGTに応じて屋外活動を中止・延期。学校・職場で昼寝(20〜30分)クールダウン休憩を認める。

なお、気温や体感だけでなく、湿度日射を統合的に評価するWBGTの活用は、日本において特に重要です。


参考文献

  • Bahadori, M. N. (1985). An improved design of wind towers for natural ventilation and passive cooling. Solar Energy, 35(2).
  • Rajabi, A., & Heidari, S. (2018). Courtyard microclimate and cooling potential. Building and Environment.
  • McGregor, S. J., et al. (2015). Clothing colour, fit and thermal load. Applied Ergonomics.
  • Bell, A. F., et al. (2018). Capsaicin, sweating and thermoregulation. Physiology & Behavior.
  • Sharma, R., & Singh, R. (2014). Lassi and traditional cooling beverages. Indian Journal of Traditional Knowledge.
  • Singh, P., et al. (2010). Evaporative cooling with clay pots. Renewable & Sustainable Energy Reviews.
  • Fathy, H. (1986). Natural Energy and Vernacular Architecture. The University of Chicago Press.
  • International Labour Organization (2019). Summer work ban and heat stress mitigation in Gulf countries.
  • US National Park Service (2015). Death Valley National Park – Safety and operations in extreme heat.

関連記事:気温は何度から危険?人間が生活できる限界温度と猛暑対策

コメント

タイトルとURLをコピーしました