導入:時間がないランナーにとっての「夢のメソッド」?
「インターバルだけでマラソンは速くなる」と聞くと、忙しいランナーには非常に魅力的な響きがあります。たった30分でも、苦しく追い込めば強くなれる――それがインターバルの魔力です。
実際、SNSやYouTubeでも「マラソンにLSDは不要!」「閾値走よりインターバル!」という主張を目にします。しかし本当にそうでしょうか? 本記事では、インターバルだけで本当にフルマラソンに通用するのか?をエネルギー代謝・科学的根拠・実例を交えて掘り下げます。
インターバルトレーニングとは?定義と分類
インターバルトレーニングとは、高強度の運動(ランニングなど)と低強度の回復(ジョグや休憩)を交互に繰り返すトレーニング方法です。持久系スポーツの中でも古くから用いられ、スピード・持久力・心肺機能の向上に広く活用されています。
代表的なインターバルの種類
種類 | 強度 | インターバル例 | 目的 |
---|---|---|---|
VO₂maxインターバル | 90〜100% VO₂max | 3分走+2分ジョグ × 5 | 最大酸素摂取量向上 |
LT(乳酸閾値)インターバル | 85〜90% VO₂max | 5分走+1分休憩 × 4 | LT向上、巡航力アップ |
SIT(スプリントインターバル) | 全力 | 30秒全力+3分休憩 × 6 | 無酸素能力・神経系刺激 |
HIIT(高強度断続) | 80〜95% | 1分走+30秒休憩 × 10 | 心肺強化・時短トレ |
インターバルが支持される理由──時間対効果の高さ
近年インターバルが注目されている最大の理由は、「短時間で最大効果」がうたわれているからです。
1. 心肺能力(VO₂max)の向上
VO₂maxとは、最大酸素摂取量を意味し、持久系能力の中核となる指標です。高強度インターバルでは、VO₂maxの90%以上の強度で運動を繰り返すため、心拍出量・酸素運搬能力を短期間で劇的に向上させることができます(Helgerud et al., 2007)。
2. 乳酸耐性とスピード持久力の向上
インターバルでは解糖系のエネルギー代謝が優位になるため、乳酸に対する緩衝能力や除去能力が向上します。これにより、高速巡航時の粘りや、後半のスパート力が高まります。
3. スピード感覚の刷り込み
特に市民ランナーにとっては、「速く走る」感覚自体が希薄なことが多いです。インターバルでは、マラソンペースより明確に速い速度を繰り返すため、神経系のスピード感覚トレーニングとしても有効です。
インターバル“だけ”でマラソンは速くなるのか?
答え:短期的には効果があるが、構造的に限界がある。
インターバルトレーニングは、確かにVO₂maxや乳酸耐性など多くの競技能力を伸ばします。しかし、マラソンに必要な「持久力の根本」を構築するためには、エネルギー供給や筋持久力など、より“深部の適応”が必要です。
インターバルだけでは得られない重要な適応
適応 | 必要な刺激 | インターバルでは? |
---|---|---|
脂質代謝の効率化 | 低〜中強度で60分以上の継続走 | ×(糖代謝優位) |
ミトコンドリアの増殖 | 有酸素系刺激(心拍60〜75%) | △(一部刺激) |
筋腱の耐久性 | 長時間の着地刺激 | ×(時間不足) |
心理的耐性・栄養管理能力 | レース想定のロング走 | ×(再現性なし) |
科学的エビデンス:偏ったトレーニングの限界
Billat et al. (2001)
インターバルのみ vs LSD併用の2群比較。VO₂maxは両群で向上したが、実際のマラソンタイム改善はLSD併用群が有意に高かった。特に30km以降の維持力に差が出た。
Midgley et al. (2007)
持久力を構築するには、インターバルだけでは酸素利用効率やランニングエコノミーの改善が限定的であると指摘。エネルギー効率を高めるには、有酸素的な持続刺激が必須。
Seiler (2009)
80/20ルール──トレーニング時間の8割は低強度(LSD等)、2割は高強度(インターバル等)が最も効果的。実際にこの比率を守っているエリートが多数。
実例:インターバル信者が陥った“伸び悩み”
40代男性Aさんは「時間がない」という理由で週3回30分のインターバルのみで半年トレーニング。5kmタイムは伸びたが、フルマラソンでは30km以降に失速し、記録は微増。
脂質代謝の未発達、脚部耐性の不足、長時間運動への集中力の欠如が要因と考えられる。
インターバル偏重が招くリスク
- ケガの増加:高強度の着地衝撃が頻発し、腱や関節への負担が大きい
- 精神的燃え尽き:毎回の追い込みによるメンタル消耗
- パフォーマンスの頭打ち:VO₂maxやLTが限界を迎えると伸びにくくなる
エリートはどうしているか?
世界のトップランナーは、実は「インターバルばかり」やっていません。たとえば、ノルウェーのJakob Ingebrigtsen選手は、
- 週2回のインターバル(VO₂max & LT)
- 週に2〜3回のロングランやテンポラン
- それ以外はジョグ(低強度)
つまり、高強度:低強度 ≒ 2:8の構成。これが現在の世界的トレンドでもあります。
Q&A:よくある誤解への回答
Q. LSDは意味がないのでは?
A. LSDは「酸素利用能力の底上げ」「脂肪燃焼能力」「筋持久力」などを育てます。マラソンの土台を作る最重要要素です。
Q. インターバルだけやってるプロもいるのでは?
A. 「見える部分」だけが全てではありません。プロでもロングランやジョグをこなしています。インターバルだけに見えるのは編集された断片です。
理想的なバランス:LSD × インターバルの組み合わせ
週例:月間250kmを目指す中級者ランナー
- 月:休養
- 火:インターバル(VO₂max)6〜8本
- 水:ジョグ40分
- 木:LTインターバル or テンポラン
- 金:ジョグまたは休養
- 土:90分LSD(心拍ゾーン2)
- 日:ロングラン(25〜30km)
まとめ:インターバルだけではマラソンに足りない
- ○ VO₂max・LT・スピード耐性は向上する
- × 脂質代謝・筋腱強化・精神的耐性は育ちにくい
- × 長時間のエネルギー効率向上は起こりにくい
- ○ スパイスとして戦略的に使えば極めて有効
インターバルは主食ではなく、調味料です。全体構成を見直して、バランスの取れたマラソン力を鍛えていきましょう。
参考文献
- Helgerud, J. et al. (2007). Aerobic high-intensity intervals improve VO₂max more than moderate training. Med Sci Sports Exerc.
- Billat, V. et al. (2001). Interval training at VO₂max: effects on aerobic performance and overtraining markers. Med Sci Sports Exerc.
- Midgley, A. W. et al. (2007). The efficacy of intermittent training in endurance running. Sports Medicine.
- Seiler, S. (2009). What is best practice for training intensity and duration distribution in endurance athletes? Int J Sports Physiol Perform.
コメント