有酸素運動は痩せるのか
「ダイエットには有酸素運動」とよく言われます。これは半分正しく、半分は誤解です。
正しい点は、低〜中強度の運動が脂肪代謝(脂肪酸の動員・酸化)を優位にすること。長く動ける強度なので、運動時間を確保しやすく総消費カロリーも積み上げやすい。さらに継続すればミトコンドリア密度や脂肪酸輸送系が適応し、「脂肪を燃やしやすい体質」へと変わります。
誤解されがちな点は、「有酸素運動だけで短期間に大幅減量できる」という期待です。実際の体重は運動による消費 × 食事による摂取の差で決まるため、運動強度と時間が適切でも、食事で上回れば減りません。また、継続に伴い代謝適応が進むと同じ運動での消費はわずかに低下します。
脂肪燃焼量と運動強度
運動時の主なエネルギー源は糖質と脂質。強度が高いほど素早く使える糖質の寄与が増え、強度が低いほど脂質の寄与が増えます。重要なのは「脂肪を多く使える強度」と「総消費カロリー」のバランスです。
- 低強度(楽に会話できる):脂肪の相対比率が高いが、消費カロリー/分は小さめ。
- 中強度(会話はできるが少し息が上がる):脂肪と糖のミックス。消費カロリー/分も増えてくる。
- 高強度(会話は短文がやっと):糖質主体で強度あたりの消費は大きいが、長時間は維持しにくい。
この「脂肪の相対比率」と「総消費」の折り合いが最もよいのが、次章のFATmax付近です。
運動強度と心拍数
現場で誰でも使える強度指標が心拍数です。最大心拍数(おおよそ220 − 年齢
)の割合でゾーン管理を行います。以下はFATmax(55〜65%)の目安早見表です。
年齢 | 推定最大心拍 | FATmax下限(55%) | FATmax上限(65%) |
---|---|---|---|
20歳 | 200 | 110 | 130 |
30歳 | 190 | 105 | 124 |
40歳 | 180 | 99 | 117 |
50歳 | 170 | 94 | 110 |
60歳 | 160 | 88 | 104 |
70歳 | 150 | 82 | 98 |
※個人差が大きいので、会話テスト(「話せるが歌えない」)や主観的運動強度(RPE 3〜4/10)とセットで調整しましょう。
FATmaxという考え方
FATmaxは「運動中に脂肪酸化(脂肪の燃焼)が最大になる強度」を指します。多くの一般成人では最大心拍の55〜65%あたりに位置し、持久系アスリートではやや高強度へシフトすることもあります。FATmaxでは相対的に脂肪の利用率が最大で、かつ長時間継続しやすいのが特長です。
FATmaxにおける脂肪酸化量の目安
最大脂肪酸化速度(MFO: Maximal Fat Oxidation)は、一般人で0.3〜0.7 g/分、持久系では1.0 g/分以上も観察されます。推定では脂肪1 g ≒ 9 kcal とされるため、以下のように概算できます。
- 例:MFO = 0.5 g/分 → 0.5 g × 60分 = 30 g/時 → 約270 kcal/時
- 例:MFO = 0.7 g/分 → 42 g/時 → 約378 kcal/時
- 例:MFO = 1.0 g/分 → 60 g/時 → 約540 kcal/時(持久系)
この値は食事(直前の糖質摂取/枯渇状態)、トレーニング歴、体組成、温熱環境などで上下します。継続的な有酸素運動や体重管理により、MFOはトレーニング適応として上がり得ます。
毎日1時間のシミュレーション
仮にFATmax付近で1日1時間の有酸素運動を行ったとします。MFOを0.5 g/分とすると、1時間で約30 gの脂肪(270 kcal)を利用。これを30日続けると8,100 kcalに相当します。脂肪1 kgは約7,200 kcalと見積もられるため、理論上は約1.1 kg分の脂肪エネルギーを使ったことになります。
ただし、ここで注意が必要です。MFOはあくまで「脂肪がどれだけ使われているか」の指標です。実際の体重減少は、この脂肪利用量に加えて糖質や水分変動、食事による摂取量などが影響するため、理論値どおりには進みません。
ケース別の概算例
- 初心者(MFO 0.3 g/分):1時間あたり約162 kcal脂肪エネルギー → 30日で約4,860 kcal(脂肪≒0.7 kg相当)。
- 一般〜中級(MFO 0.5 g/分):1時間あたり約270 kcal → 30日で8,100 kcal(脂肪≒1.1 kg相当)。
- 持久系アスリート(MFO 0.8 g/分):1時間あたり約432 kcal → 30日で12,960 kcal(脂肪≒1.8 kg相当)。
※あくまで脂肪エネルギーの利用量の概算。体重減少幅は別途「食事」「体水分」「筋グリコーゲン」などに左右されます。
補正要素(結果を左右する7つのポイント)
- 食事(エネルギー収支):運動分以上に食べれば体重は落ちません。特に運動後の空腹に対して高タンパク・中庸な糖質・十分な食物繊維で満足感を確保すると過食リスクを抑えられます。
- 運動強度のズレ:低すぎると消費が少なく、高すぎると糖質優位で長続きしません。会話できるが歌えない感覚と、FATmax目安心拍(55〜65%)で合わせ込みましょう。
- 運動時間・頻度:1回の長さと週合計の両方が大切。分割(30分×2回)でもOKです。
- NEAT(日常活動):通勤・家事・階段利用などの非運動性消費が積み上げを後押しします。歩数や立位時間も記録を。
- 代謝適応:継続で体は効率化。ルーティンを時々揺らす(勾配・バイク/歩行切替・テンポ走を少量・サーキット)と頭打ちを遅らせます。
- 睡眠・ストレス:睡眠不足や慢性ストレスは食欲制御・回復を阻害。就寝と起床の時刻を安定させ、夜間の光・カフェインを調整。
- 体組成・トレーニング歴:筋量が多いほど安静代謝や運動耐性が向上。週2〜3回の筋トレ併用で停滞期を回避しやすくなります。
結論
有酸素運動は痩せるための「即効薬」ではなく、痩せ続けるための「代謝基盤づくり」です。FATmax付近での1時間トレーニングは、月あたり約0.7〜1.0 kgの現実的な脂肪減少が見込め、同時に脂肪利用能力が鍛えられます。食事・NEAT・睡眠を組み合わせ、長期の積み上げで確実に体組成を変えていきましょう。
まとめ
- 脂肪燃焼効率はFATmax(最大心拍の55〜65%)付近で最大化。
- 一般的なMFOは0.3〜0.7 g/分。概算で0.5 g/分 → 1時間=約270 kcalの脂肪エネルギー。
- 毎日1時間×30日=約8,100 kcal。実際の減量は0.7〜1.0 kg/月が妥当。
- カギは強度調整・食事・NEAT・継続・睡眠。筋トレ併用で停滞回避。
参考文献
- Achten J, Jeukendrup AE. Maximal fat oxidation during exercise in trained men. Int J Sports Med. 2003;24(8):603-608. doi:10.1055/s-2003-43265
- Venables MC, Achten J, Jeukendrup AE. Determinants of fat oxidation during exercise in healthy men and women: a cross-sectional study. J Appl Physiol. 2005;98(1):160-167. doi:10.1152/japplphysiol.00662.2003
- Brooks GA, Fahey TD, Baldwin KM. Exercise Physiology: Human Bioenergetics and Its Applications. 4th ed. McGraw-Hill; 2005.
- González-Haro C, et al. Maximal fat oxidation rate and cross-over point with respect to lactate thresholds during incremental exercise in elite endurance athletes. Eur J Appl Physiol. 2007;99(5):555-562.
- Jeukendrup AE, Wallis GA. Measurement of substrate oxidation during exercise by means of gas exchange measurements. Int J Sports Med. 2005;26 Suppl 1:S28-37.
コメント